鋼の錬金術師における人体錬成の失敗論


「人間は魂・肉体・精神からなりたつ」
 これはエドワード・エルリックが自ら起こした錬成失敗を踏まえて導いた結論である。作中では人間の精製は禁忌であり、法律として禁止されている。その他、錬金術師内ではこれを『自然摂理を乱した行為』として永遠に実現できない事として位置づけている。

 過去現在における数多くの錬金術師はこの方法について、理論上は可能であると共通の結論を出している(エドワード・エルリック。ロイ・マスタングなど)。だが、この理論上=設計図の段階において人体錬成は、今だ成功の試しはない。
 錬金術の分野において、生態系を専門とする術師がいる。彼らは異なる生命体を掛け合わせるキメラや、新たな生命を一から作り出す術を身に付けている。
 ここで矛盾が生じる。人間を猿と考えた場合、彼ら生態系錬金術師は『猿』を使いキメラなりの生物を創造する事が可能だ。
 生物分類学上、人は学術名を『ホモ・サピエンス』という猿であり、生態系錬金術師の手にかかれば、猿の複製体程度は錬成可能である。
 だが、猿の錬成は可能でも、人間の錬成はできない。生物分類上は同じ猿であるのに、何故今まで人体錬成ができなかったのか。
 その際たる原因は、材料不足であると思われる。


 以降これらは、成功でなく失敗の段階から逆解析した内容であります。



T/人体錬成の材料

 人体錬成は、肉体の錬成は可能であるがその精神・魂の三つを合わせた錬成は不可能であるとエドワード・エルリックが結論をつけている。その工程は以下のもの。


@ 当人または近親者の細胞を使用しての方法は、人体構成の基礎「人間は魂・肉体・精神からなりたつ」という原理に反している。
A 難易度は異なるが、魂・肉体・精神それぞれ単独の錬成は可能。
B 「魂・肉体・精神」が揃っている人体(肉体がどこかに保管され、魂と精神が鎧に定着しているアルフォンス・エルリック、特殊空間からの脱出の際に全身を原子化し再構築したエドワード・エルリック等)の再構築は可能。

 これら事項に共通するのは、全て質量保存の法則が働いている事である。水の中から水素・炭素の摘出は可能であるが、水を用いて鉄を作り出すという、限られた材料の中で作り出さない物質は錬成できないのである。


 人体錬成において最も近い錬金術はティム・マルコーのような医療系錬金術と、ショウ・タッカーら生体錬成系錬金術である。この場合、欠損した肉体(神経や足など)を再生又は培養する事が可能である。ただしこれらはノックスら軍医やピノコ・ロックベル達機械鎧技師がいる為に、広く実用化にはいたっていない模様。


 以降、何が原因で失敗するのかを、順序だてて挙げていく。



@設計図のミス


 魔法陣(この場合は錬成陣だが)は、その模様一つ一つが言葉であり、コンピューターにおけるC言語と同じものである(詳しくはこちらを)。
 錬成陣とは描く模様によって様々な意味合いを持つ。これは各錬金術師達が使用する錬成陣が独自の絵柄であることに由来する。

 錬成陣の絵柄が異なるのは各自の研究結果であるとして、彼らは原理の異なる錬成陣で、同じ現象(道を作る、壁にドアを作る、穴を掘る等)を起こしている。
 何故、異なる原理の錬成陣で同じ現象が起きるのかは「盟約・契約・通常呪文と魔法陣の因果関係」を見ての通りだが、魔法陣は大抵どこかに空白の箇所が存在し、この場所に術師の意思という魔力が作用する事で、同じ魔法陣で複数の現象を発生させる。
 錬金術師の場合は、この空白部分を補う為、錬成陣に手をあてるもしくは肉体に錬成陣の模様を描く事で錬金術師自身が錬成陣の一部となり空白部分を埋め、術師の意思により錬成現象を自在に調整・コントロールが可能である。これは焔の錬金術師ロイ・マスタングが自ら発生する火力を調整する方法を「自分の経験」と称している事で明らかにされている。

 このような所々空白がある、カクテルでたとえるならば、ブレンドする酒を一つなり二つ変えれば別のものとなる多方面への応用の利く錬成陣は、日常生活において様々な現象を行えるので便利である。ただしこれが、より専門的な錬金術を使用する場合の錬成陣ならば、空白の目立つ物ではなく、一つの設計図として完成された状態である方が好ましい。

 ショウ・タッカーのような生態系錬金術師は、目的とする生物によって用途を変えた錬成陣を書き上げている。この中には無論、人間に関する錬成陣も存在する。
 例えて犬で説明する。犬、と一言で言ってもシベリアンハスキーにチワワなど様々な犬種がいる。これら犬種によって異なる錬成陣を描くため、錬金術師による生体解剖とその分析が行われていたのは明らかである。
 ただこの場合は、犬種の生体組織のみを検出すればよい事で(オス・メスの区別はつける)、細胞などは正常であればよく、精神・魂などを特別に考慮する必要性はない。これら部分も、厳密に言えば大雑把の部類に入る。人間の錬成も無論同じであり、同等に生体解剖が行われていた(これらは医療系錬金術に応用されている)。

 本題と戻るが、設計図の段階で生体錬成が失敗した原因はここにある。エルリック兄弟による母親の人体錬成当時、錬金術における学習が不完全である兄弟は、純粋に人体を構成する意味のみの陣を描いていた。
 その模様がどのような意味合いで書いたのかは不明だが、錬成陣に描いた人体設計図には、人間としての設計図が描かれてはいるが、そこには人間という生き物についての設計図があるだけで、母親であるトリシャ・エルリック個人の詳しい人体情報が書き込まれていないと思われる。

 劇中にはアメストリス人・イシュヴァール人・シン国人・ドラクマ人・アルエゴ人・クエタ人が存在し、これら人種による皮膚の特徴などによって陣の模様を変えねばならず、更に混血も存在する為、人間という単一における普及品的模様ではなく、人種などによる個人一人一人のオーダーメイドの模様を書かねばならない。
 エルリック兄弟による錬成陣には、いわゆる基礎の絵柄しか書き込まれておらず、母親に関する情報が不足していたと思われる。後述する材料があればその辺りの不足を補えない事もないが、だとしても、稚拙なものであった事はいたしがたが無い。

 エルリック兄弟は他にも、『
魂の情報』として自らの血を与えたが、これもまた大いに誤った材料である。

A間違えた材料によるミス
 
材料は多めに用意するべし

 魔法陣とは所々に空白があり、魔法陣の一種である錬成陣にも存在する。そしてこれら空白には、重要な意味があるのだ。
 それは「
材料」の空白である。材料は実物であり、材料を必要としない錬成陣の場合は、その材料を錬成する模様を描かねばならず、さらにその材料となる材料を具現化するために、やはり材料が必要となる。
 なので、材料は材料として調達する方が簡単であり、陣の模様を省略できる。
 エルリック兄弟は『
人間一人の平均的材料』によって母親を作ろうとした。
 だが、これらはあくまで「
平均的な」人間の材料であり、実際は人によって髪の長さ(天然パーマ・ストレート・縮れ等)や肌の色、体重が違うため、成分や質量も異なる。
 個人一人が必要とする材質の割合は全て同一ではない為、人体錬成をするのならば、対象者の体積を補い、かつ余る位の材料の投下が好ましい。
 この場合、使用しなかった材料はそのまま残るのだが、もし不足していた場合それは、人体錬成時に錬成陣の一部となっている術者から足りない材料の補充=リバウンドが行われる。原作内の人体錬成によるリバウンドした肉体の量と錬成した人体の完成度を比較し、リバウンドした内容が軽度である程錬成の成功度が高い傾向が見られる。


 エルリック兄弟の失敗は、錬金術師としての経験不足からおきた出来事である。
弟の方が持っていかれた体が大きいのは、原作で見たとおり連成陣の主発動が兄であり弟は補佐に回っていた為リバウンドはまず弟から起こった事に起因する。

 その他、焔の錬金術師ロイ・マスタングは女性の肉体の錬成を成功させている。当人は「らしきもの」と表現をしているが、その実態はマリア・ロスという女性個人の外見的特長(女性としての組織・歯型など)を捕らえている。その材料は不明だが、マスタング自身にリバウンドという表現は見られておらず、人体錬成における肉体のみの錬成は可能である事は実証されている。

 ここまで来て、何故人体錬成が成功しないのか。これは劇中、人体錬成を行った中でその材料が判明しているエルリック兄弟及びイズミ・カーティスの例が証明する。

B親兄弟は別人


 エルリック兄弟による材料不足の失敗は上記の通りである。だが、その代償としてエドワードの左足、アルフォンスの魂と精神を除く肉体を代価とした錬成体は、劇中見ての通りの歪な姿となっている。
 同じく人体錬成を施したイズミ・カーティスは結果がああであったが、容姿のみなら歪な様子は見うけられない。

 この失敗において、両者は同じ間違いをしている。それは共に、対象者以外の遺伝子情報を持つ物を材料にした為である。


 エルリック兄弟は先述した平均的な人体の材料以外に、兄弟二人の血液を投与した。兄弟はこれを「魂の情報」としていた。
 結果この血液が元で彼らが錬成陣の一部に組み込まれる事となったのだが…
 ここで問題となるのは、彼らが錬成しようとしたのはトリシャ・エルリックという女性である。錬成陣の模様にエリシャの身体的特徴がどう書かれていたかは関係なく、エルリック兄弟が提供した遺伝子情報はエルリック兄弟の物であり、それはエリシャ・エルリックとヴァン・ホーエンハイムの遺伝子をブレンドした物である。それはあくまでエルリック兄弟の遺伝子情報であり、トリシャ・エルリック個人を示すものではない。

 錬成陣に書かれていたのは「人間の女性」に関する設計図であり、設計図は「女を作る」内容となっている。それにも関わらず、肝心の材料が「人間の男」を組み立てる部品のみで、しかも遺伝子が二名分存在している。
 後に錬生体を調査したエドワードが、頭髪の色や身体的特徴が、設計図どおりでない事で説明づけられている通り、あれは『
人間の女性をベースに、エドワード・エルリックとアルフォンス・エルリックの遺伝子を重複して誕生した生物』である。分類上はキメラもしくは奇形児・遺伝子異常という分類で扱われる。

 イズミ・カーティスの場合は、錬成対象は新生児又は胎児状態の息子である。その材料は息子の遺伝子情報を持つ骨と、父であるシグ・カーティスの髪、母であるイズミ・カーティスの血液である。
 対象者の純粋な遺伝子情報がある分、エルリック兄弟よりは成功度は高い。しかしここにまた、錬成対象者の物ではない遺伝子が混入してしまった為、『
男の新生児をベースに、三種類の遺伝子が混在してしまった生物』が出来上がってしまった。無論この遺伝子は異常をきたしており、求めていた設計図とは別の結果(髪色)ができてしまっている。
 この際リバウンドした肉体はエルリック兄弟よりも少なく完成度が増していると思われる。また後述するが、対象者が幼児であった事も幸いした。


U/魂と精神は桁違いの材料が必要です

 以上が、肉体錬成における失敗である。ここまでを理解するならば、肉体錬成は可能である。
 ただしこれらは医療系・生態系錬金術における部位再生の部類に入る為、これといって特筆すべき現象ではない。
 劇中に問題となっているのは、『肉体と魂と精神が融合した人体錬成』における失敗である。劇中では人体錬成を行うと、心理の扉なる場所へつれてゆかれ、「通行料」として肉体の一部をとられている。
 この通行料については原作が終了していない為詳しい明記は不明としておく。


『魂』

 魂と精神の違いを述べるが、厳密な意味で精神とは、魂の付属物である。精神とはその者の心、つまり記憶である。
 魂とは、ロボットで置き換えるなら電池であり、電池がなければ動かない。そして精神はプログラムであり、プログラム(意思)がなければ動いても意味のある行動をとらない。
 劇中ではこの魂こそが
賢者の石の動力源として扱われており、膨大なエネルギー源として扱われている。その再精神は魂に付属したままである。

 では、この精神と魂を錬成する為に必要な材料はいかようなものなのか?
 魂と精神が混在する事で、一個の人格が形成されるものと考えよう。
 肉体が「人間」として動くには、魂という名の電池が必要である。その為、魂を錬成しないかぎり、いくら肉体を作ろうともそれはただの肉でしかない。つまり、肉体とは魂を収める器であり、魂とは精神を収める器という解釈ができる。

 肉体と魂は、別の存在に定着させる事が可能な為アルフォンスやナンバー66は魂が鉄の鎧に付着した事になっている。その際精神=記憶は魂と混在した状態で錬成者の血を接着剤として動いていることになっている。

 しかし、魂と精神を別々の器で定着させた場合、仮にそれをAという人物として仮定した場合、Aの魂を持つ者はAとしての精神を持たない=記憶が無いという事で、従来のクローン人間と同じ、同等のDNAを持つ別人(双子の兄弟のような存在)となる。
 そしてAの精神を別の魂に定着した場合、それはAの記憶を持つ赤の他人という結果となり、存在的にはこれはただの「知識」となり、定着された魂のもつ本来の性格と反発して拒否反応を示すか、精神は単なる「知識」として扱われる(この為、表面的でも他人の記憶を知識として植え付ける錬金術が発生してもおかしくはない)


 これら魂と精神の錬成は、今現在の世の中に存在するDVDプレーヤーとソフトにわけて考えていただくとまだわかりやすいと思われる。
 魂とはDVDプレイヤーである。Aという固体にあわせて一つ一つ部品を組み立て、オリジナルと寸分たがわず完全なものにしなくてはならない。その為の材料は完全にきめられており、この部品を作り出すために螺子一本にいたるまでオーダーメイド、つまり錬金術として錬成陣細部にいたるまでの設計図を描き、最終的な材料として対象者Aを特定する材料を使用しなくては、完全な魂の錬成は不可能である(少しでも違えばそれは別人となる)。

 エドワード・エルリックが「既にある魂の再構築は可能だが、既に存在しない魂の構築は不可能である」と結論付けたのはこの為。肉体は髪の毛から採取されるDNAから個人としての特定が可能だが、魂は肉体の情報に左右はされない為この方法は使えない。逆に言えば、肉体と魂を特定する材料が微妙に異なる為、拒絶反応はあれどその差を狙い、アルフォンス・エルリックのように異なる存在に魂の定着を行えるのである。

 彼はこの時点で設計図を描く事ができながらも魂を最終的に加工する最後の材料が不明であると結論づけた。
 では、魂を個人と決定づける材料とは何を使えばよいのか。これは次の精神に関する失敗の理由の後にて記載する。


『精神』

 精神とは人の心であり、意思であり記憶である。
 では記憶を作り出すにはどうすればいいのか?
 生物は、昨日ないし数秒前に何があったのかという事柄を『忘却』する事ができる。しかし、その「忘れた」という出来事も、ふとした何かのきっかけで「思い出す」ことができる。記憶喪失の人間が、記憶がなくとも無意識に行動を起こすように、人は一度体験した出来事を、思い出すことができなくてもその記憶と経験が存在するのである。

 人体錬成に置いて、オリジナルの人間と同じ存在を再構築しようとした場合、これら普段は忘れている事柄までを精神の設計図として再び組み込まなくてはならない。その為には、錬成陣=設計図の模様もまた、細かく再分化して描くのか、あるいは錬金術師の技量が高くなくてはならない。

 魂の人体錬成において、最後の部品を決定する材料が不足していると上記した。アルフォンスのような、既にある魂の再構築は可能なのだから、理屈の上では材料さえそろえば錬成は可能である。
 肉体錬成の材料における失敗は回避され、完全な物であると仮定してこの失敗を理論づけて説明する。

 
魂の最終工程となる最後の材料とは、等価交換の法則により、魂の材料と同等・同質の物でなくてはならず、精神の材料もまた同じである。肉体との接着剤である魂(血の錬成陣が魂と鎧の仲立ちをしているのは、魂の代用をしている為)は、同じ魂という存在からでしか生成できず、一人の人間を再現するには無数のパーツが必要となり、同じパーツの持ち主は親近者ならば似通っているかもしれないが、一人一人に設計図・材料が異なる為一人二人程度の魂では再現はできないので再現には大量の他人の魂から少しずつパーツを取り出す必要がある。その為に使用する人間の精神の貯蔵庫が賢者の石であると言っていい。

 生命体から魂を抽出の上、高密度に圧縮した精神が混在した魂の固体であるこれは古代クセルクセス王国民の魂によって初めて錬成された賢者の石は、純粋に人間の魂のみで精製されている。その石は使用すれば錬金術の増幅効果のみならず、人工錬成した肉体に『精神』と『魂』を付着させている。

 精神を錬成するためには精神と同等の材料が必要となる。しかしその材料は精神=他人の魂と精神の混合物のみしか発見されていない為、「お父様」やその協力者によって、複数の人間の魂を回収。現段階ではまだ、オリジナルを持たない人間であるホムンクルスはともかく、純粋にオリジナルから個人を錬成する場合、材料となる魂の持ち主が持つ、『
魂と精神を個人と断定する要素』という名の『不純物』の取り出しを行わねばならない。だがこれは、エンヴィーが意図的にエドワードに見せた賢者の石、ヴァン・ホーエンハイムの「内側」から聞こえる声がわかるとおり、未完成状態の賢者の石では取り除くことはできていない。

 そもそも賢者の石が人間の精神と魂を凝縮したものならば、どのように圧縮したとしてもそれは物質ではなく眼球を通した肉体に見えない物である。にも関わらず「大エリクシル」「第五実体」と呼ぶように何らかの固定した物体として扱われているという事は、その触る事のできる部分は膨大な精神をまとめる為の「容器」であり意図して精神と混在し結晶化した状態を意味している。すなわちこれも不純物として分類される。


 以上が精神と魂においての失敗とそれに基づいた考査である。
 そして最後。アルフォンス及びナンバー66の言っていた「拒絶反応」についてだが、精神の器が魂であり、それを収める為には精神と魂が接着させるようにしなければならないのは前述した。
 そして、魂の器が肉体である事から、魂と肉体の接着剤が必要となる。ただし、彼らのように鎧という別の物に定着が可能なのは、肉体がはんば独立した状態(肉体はそれ単体が複数生成可能)である事が由来する。
 しかし魂がもっとも安定する肉体でない為、何れは魂がこれを拒否する『拒絶反応』が彼らを襲う事となる。

 魂の情報には、それに見合う肉体の条件もまた記録されている。彼らの場合は『どこか』にオリジナルの肉体が現存している為に拒絶反応が起きているが、もしこのオリジナルの肉体が消失した場合、新しい肉体に魂を定着すればその状態での復活は理屈の上では可能である。


 なお、肉体に見合う魂を生成した場合、精神をオリジナルの物にしなければそれはそれで錬生体としての完成を見ることは可能である。これは精神=記憶とは生物が暮らしていく上で蓄積された物で、新たに作られた魂の精神がまっさらな状態である分には練成上の不都合がないからである。これをオリジナルの物にしようとしたのが、人体練成最大の難関点である。

 これは劇中のアメストリス国憲法であり地下に隠されていた秘密『人を造るべからず-最強の軍隊を作る為一般人は人間を作る事を許可しない』に繋がる。


V/存在しないホムンクルス成功例

 拒絶反応

 人体錬成において、その難易度を示すのならば肉体の生成はもっとも簡単な物である。
 ただし、ホムンクルスはその魂と精神を受け止める肉体の繋がりは無い(劇中参照)。その為、人間の錬成完成度が肉体>魂>精神であるのに対して、ホムンクルスの場合はその完成度が精神>魂>肉体となっている。
 ホムンクルスの場合は、誰かの記憶を模倣して精神こと記憶を作り出す必要がない為、その生成が容易である。問題なのは、肉体を持たず魂の状態で生まれてきた為、ホムンクルス用の肉体が存在しない=どの体を使っても拒絶反応しか起こらない事。
 その為、劇中では魂の状態だけで生きる物・過去の古代クセルクセス王国にて生まれた「お父様」のように、魂と精神のみで存在するしかなく、肉体に入れても『自分の体ではない』為に拒否反応しかおきない。

 
彼らはこの拒絶反応を賢者の石によって肉体の崩壊を連続して回避・修正している。この副産物が、ホムンクルスの持つ驚異的な回復能力である。

 拒絶反応の結果としてだが、エドワード達が言っていた通りホムンクルスに生殖機能は無い。これはホムンクルスの体は賢者の石によって連続再生しているのが肉体のみという事実と直結する。肉体とは賢者の石と直接繋がった体のみを示す。人間の生態を見て、【肉体から離脱した肉体】は賢者の石の加護を失い消滅する。
 それは爪、それは唾液、それは髪、そして精子と卵子。体内の卵巣と精巣にそれぞれ生成されている段階では唾液等と同様肉体の中で維持される。しかし、これが一度でも卵巣精巣の外へと出た場合、賢者の石によるエネルギー補給を失い消滅する。故に女のラストが体内に精子を受けても卵子は排出した段階で消滅し、仮に妊娠したとしても子供は母親の一部である為へその緒を切った段階で賢者の石の供給を失い消滅する。男のグリードが離反した百年の間に何人女と寝ても、射精と同時かその途中で精子は消える。

 ここまでのホムンクルス成功例は賢者の石を用いて初めて成功したパターンである。まったく新しい人間の肉体のみの錬成は、記憶という精神が不必要であったとしても、魂という電池がない為に成功せず、魂と精神が定着したとしても、人間としての完成である【
妊娠】に関わる機能が著しく欠落する。これらはホムンクルス生成においては明らかに失敗である。

 しかしながらホムンクルスが己の体内で子を宿した場合、子供の段階で父と母のDNAがブレンドしたこれは新たな一固体として生まれる。先ほどのラストがもし妊娠したのならば、上手くすれば出産の可能性はあり、その為にはホムンクルスの妊娠機能を維持する技術が必要となる。「お父様」は人間を超える存在として【
出産】を実行しようとした。しかしながら生まれてきたのは自らの体内に在る賢者の石に内包された人々の肉体の再構築であり、「お父様」の原型であるヴァン・ホーエンハイムがである為この行動は矛盾する。

 ホムンクルスでありながら子供が出来た唯一の事例がヴァン・ホーエンハイムの息子エルリック兄弟。人間ベースのホムンクルスとしてはグリート(isヤオ)とキング・ブラットレイと同様だが妻がいるキング・ブラットレイが夫婦生活で一度も子が出来なかった事実があり、何故子供が出来たのかという事については本編中でも疑問のまま。

 考えられる事例は二つあり、
一つ目はプライド以下7兄弟が人間と異なる遺伝子あるいはDNA設計図が組み込まれている為人間の外見だが生物として異なり妊娠が出来ない(グラトニーが擬似・真理の扉、エンヴィーがとかげモドキ。ブラットレイの目、ラストの指、グリートの炭素変換など明らかに通常の人間と構造が異なる)。
 
二つ目、ホーエンハイムのホムンクルス化はクセルクスでの国土連成の再に「お父様」の気まぐれ(曰くお礼)として与えられた物でありプライド以下と違い肉体そのものに特殊能力など一切の手は加えられていない。なおかつ彼は人間である為に賢者の石と繋がった肉体から爪や髪がはがれた場合は本来の人間としての機能が復活し消滅はしない。
 エルリック兄弟誕生にはこの人間としての本来の機能の復活が理由で可能となった、可能性がある。

 しかし、ヴァン・ホーエンハイムが
奴隷であった頃の顔がエドワード、現在の名前を貰いフラスコの中の小人と仲良く語り合っていた頃の肉体が国土練成陣を発動した時の「お父様」、それ以前のアメストリス地下で研究を続けていた「お父様」が現在のヴァン・ホーエンハイムと同じである。ヴァン・ホーエンハイムと「お父様」の顔が同一であるのは遺伝的に双子のようなものであるのだから当然として、ここまでエドワードと容姿が一致するのは第三の可能性を考えられる要因を作る。
 それは人間としての精子が機能しない為、ホーエンハイムがトリシャの卵子に関与して自らのクローニングを行ったという可能性。付け加えるが、
『鋼の錬金術師における人体錬成の失敗論』は原作の考査である為アニメのオリジナル設定と声優の存在は一切関与しない事をここに強く注意する。
 前述の通りホムンクルスとして生体構造が異なり精子・卵子生成が出来なくなったとしても人間である為爪・髪などからDNAの採取は可能。それを用いてエリシャの卵子を取り出しクローニングによる人口受精卵を作り育つ事が出来れば子供が生まれる。これは第三の可能性以前に肉体が残るホーエンハイムならば実現可能な技術である。
 この方法はホンクルスの不妊と第1第2の可能性を経た後に導き出した内容であるが、劇中では一度もエリシャの妊娠姿の回想録が無く、ホムンクルスであった事も知っていた。両者の間では様々な事柄を知り合っていた事実があり妊娠における方法も考慮できる状態である為、第三の可能性については
ありえないとは言えない(同様の方法を使えばキング・ブラットレイにも可能性はあった)。


W/限りなく成功に近い人体錬成

 「父」はその誕生に当時二十三号だったヴァン・ホーエンハイムの血を使用した事から、「お父様」の魂はヴァン・ホーエンハイムの魂の錬成であり、精神も考慮していたのならば彼の複製であると考えられる。ただし「お父様」の錬成が出来るからやってみるという実験であった事から精神を深く錬成していおらず、二人の性格の違いが現われている。
 この「お父様」を錬成した、ヴァン・ホーエンハイムの主人であった錬金術師の腕がどのような物であったのかはわからないが、彼は魂と精神を混成した錬成を成功した術師であるのは間違いない。

 当時、賢者の石材料となった総人数は一つの大国全ての人間である。それをさらに半分にわけた物を「お父様」が肉体の生成として使用した。
 「お父様」の魂と精神がヴァン・ホーエンハイムの複製であるのなら、その肉体はヴァン・ホーエンハイムの肉体でなくてはならない。しかしながらその本人は、「お父様」から賢者の石の半分を持って現在にいたる。
 オリジナルの肉体が「お父様」以外の者が使用している為だとしても、その体がヴァン・ホーエンハイムと遺伝的に完全に同一の物であるのならば、その肉体は魂と完全に一致する物である。肉体錬成そのものは簡単な技術であり、そこに膨大なエネルギーを持つ賢者の石を、国一つ分の人間の魂から作り出した物を使用したのだから、それは完全にオリジナルと同一であるとしていいだろう。

 人口の半分を用いた賢者の石ならば、人一人の錬成程度にはびくともしない。にもかかわらず、劇中で「お父様」は、古代クセルクセス王が行った大規模人体錬成を再現しようとしている。これの真意は原作で明らかになっていないので未定だが、「お父様」の肉体は外見上は完全な物と見えるが、何処が悪いのかわからないが不完全であるらしい。

 これら賢者の石を使用せずに錬成した人体錬成で、外伝「盲目の錬金術師」で登場したジュドウの錬成したロザリーがある。
 結果として失敗したのだが、彼が代価として奪われた肉体は、なんと両目である。エルリック兄弟、イズミ・カーティスと比べたらその量は明らかに少ない。そしてジュドウが錬成した肉体は、驚くべきことに今までの二例ではありえなかった生体活動を可能としている。
 以上から錬生体であるロザリーは、肉体とそれの電源である魂の定着が明らかである。問題は精神だが、それについては原作者自体が曖昧にしている。よってこのコメントは無い。
 言えるのは、エルリック兄弟とイズミ・カーティスが共に錬成を完全に失敗しているのに対して、ジュドウ自身の錬成は、魂の段階までを成功させている。その容姿は萎びている以外は当人の物であり、恐らくは材料として、肉体は完全に正しい材料を用いて、精神と魂の材料を不完全ながらも解析していたと思われる。その方法には人以外の魂から精製した賢者の石という可能性もあるが、詳しくは不明。
 精神をどのレベルまで可能としたのかは不明だが、何かしらの反応を示している。それらを踏まえてリバウンドが両目だけであるという事は、彼が賢者の石を使用せずに人体錬成を、ある意味「お父様」よりも完成に近い状態で成功していたという事になる。